2012/10/09

余談「スピンドルケース」

分厚いCDウォレット、本棚で斜めになったりしてグニャーって歪んでたりする。良くないねえ。ディスク保存にはスピンドルケースが一番いい。CDウォレットを処分しちゃったのでスピンドルケースだけ買おうかとアマゾンで見ると、50枚入るスピンドルケースが4800円なんだけど、なんとこれは60個組のセット〜〜〜!!!

ももももうちょい普通のないかと探すと、100枚収納スピンドルケース3580円、36個セット〜〜!! あのタワーみたいのが36個届くのか! いや、どんな段ボールで届くのか興味あるけどさ。

余談「お主、できるな」

「これはさすがにとっておこう」的な本も今回ずいぶん処理した。自炊だけじゃなく売却も含めて。旧スターログとかもついに裁断・自炊。っていうのは、三十数年もたった古い雑誌はザラ紙ページの黄ばみと風化が激しく、今デジタル化しておかないともっとひどくなりそうってことで。もったいないかなと思ったけど、スターログは創刊号でさえたいした値段ついてないし。

っていうか、マニアとしてのアイデンティティの基礎を作ったみたいな本とかレコードとかって、「これがあってのオレ的記念碑」として、それを理解してくれる誰かが部屋に来たときのために残してるってニュアンスがありました。

若い頃の細野晴臣が大瀧詠一を部屋に招いたとき、あるレコードをさりげなく置いておいたら大瀧詠一はそれに即座に反応。「おぬし、できるな」的な。ああいうのあこがれたんだけど。

そういう人が部屋に来ること滅多にないんで、もういいや。っていうか、30年待ったけど一人も来てないし。ってツイートしたら、まつむらさんが「私でよければいつでも(笑)」ってww もう見せるものなくなっちゃったよ!

モノ減らし、最終決戦

三連休までの数週間、集中的にモノ減らし・片づけをしてました。「増えすぎたモノを減らそう」を始めてから約5年、一つの限界まで来たと思う。普通のやり方ではこれ以上のモノ減らしは無理ってところまで。

現在、いろんなところをほじくって回って小冊子や書類などを発掘してScanSnapしたり捨てたりしてる段階。半日かかって厚さ5cm分を減量するような状況。1cm単位の攻防戦。

以前は部屋を埋め尽くしてた本の山。壁全体サイズの本棚2本、中サイズの本棚1個、カラーボックス4本、床や廊下に山積みの本、段ボールに詰めた文庫本、イラスト仕事の刷り上がりの書籍や雑誌が手つかずのまま積み上げてあったり。

2009年の引越しの前には猛烈にいろいろ処分した。本は四分の三くらい古書店に売った。昨年の地震をきっかけに腰を据えて取り組んできた書籍自炊も限界まで進んだ。残ってる本は、自著や作品が載った作品集や記念碑的意味で残してある本を含んでも幅150cmくらい。純粋に実用や趣味として残してある本に限れば幅70cm程度=カラーボックスなら1個に余裕で入る量。代わりに切り抜きを入れたクリアブックは増えたけど。

今回のメインイベントは、クローゼットの一番奥に鎮座していた、ラスボスたるでかい段ボール箱。20年前のフリー駆け出しの頃にたくさんやったパッケージ仕事が箱のまま詰まってたもの。これを引っぱり出し、どうにかやっつけた!

贈答用石鹸のパッケージなどが多いんだけど、中身の石鹸や入浴剤はずいぶん前に処分したのでほとんど空箱。箱の正面だけ切り取って保存。樹脂のボトルや缶など含んで本棚1枠分くらいに圧縮完了!

本だけでなく、CDや雑貨類などできるかぎりがんばって処分。たぶん合計1.5立方メートル分くらい。でも実は半分以上は空き箱をつぶした容積。不動産屋が使うみたいなフタ付き書類ケースが捨てられずに大量にあったのを潰してただの厚紙の束にしてやった。

収納するためのものをおいとくと、入れる場所があるからモノが減らないのだ。囲った空気に家賃払ってるみたいなもんだし。ポリエチレンのケースや分厚いCDウォレットも大量に処分。使ってないドキュメントファイルなども全部捨てた。モノが隠れる場所を潰していく作戦。

で、思うのは、前回・前々回にまとめてモノ減らし処分したとき、どうしても捨てられなかったものが、数年後の今はそれほど抵抗なく処分できたりする。あと、以前も書いたけど、どうしても処分できない何かを思いきって処分すると、一気に境界線が下がり、またしばらく捨てまくれる。

処分できるできないの境界線がほとんど気分の問題って点で、デジカメで写真を撮ってしまえば割とラクに境界線を越えられるってのはしばらく前から試し済み。数個の段ボールに詰めたまま十数年間放置してあったオモチャやフィギュア類も、もらってくれる人がいて助かった〜。

「ノートパソコンとスーツケース一個分の荷物が仕事道具や資料や記録の全て」というのが究極の目標なんだけど、その状態にはほど遠い。せめて本棚一個に詰め込める程度には減らしたいけど、「残しておきたいもの」が物体として存在するうちはそれもむずかしそう。

でも、立体制作関連やアナログ絵関連の、どうしても容積が必要なモノを除けば、思い切りさえすれば数台のHDDとディスクのスピンドルケース数個に全部収めちゃうことも、荒唐無稽な話じゃないんだよなあ。

ところで、家で仕事してない人って、かさばる遊び道具や服や家具を除いて、どのくらい「自分の荷物」があるものなんだろう? 本や写真アルバムやCD、オーディオや腕時計とかの細かいガジェット類とか・・・。本や音楽がデジタルになった今なら、スーツケース1個どころかアタッシュケース1個に収まる人は多そうだなあ。

先日、事務所みたいなとこ閉鎖の片づけ手伝いに行って、事務所内のモノは在庫とか含めて全処分したわけです。その人は歳で引退したんで仕事関係のモノは一切合切必要なくなり、身のまわりの少数のモノくらいしか必要なくなったってこと。

そんな少数の必要なモノと、デジタルだから容積をほとんど気にしなくてよくなった仕事道具を合わせた分量。目指す地点はそこ。

若いときは本とかCDとか道具とかどんどん増やしていくのがリッチな気分だった。モノを増やすと空間が減っていくってわからなかったし、気持ちの余裕もなくなってくし。今はモノは少なく空間が多いほうがぜんぜんリッチに思える。後先考えずに買いまくった過去の自分に説教したいです。

実は、まもなく50歳ってことで、引きずってるいろんなモノをこの際処分しちゃおうって目論見なのでした。

 

2012/10/08

アイドルの首ふり

剛力彩芽ってCMいっぱい出てかわいいんだけど、気になるのが、カメラに向くときに顔を小刻みに動かすじゃん? 昔から特別な美少女タレントたちがやってる伝統的な動きと思えるんだけど、何か名称あるのかな?

タレントやアイドルに詳しくないから名前出てこないけど、西田ひかるとかNHKの小野文惠アナが、カメラ目線で首をフルフルと小刻みに動かす現象は確かに存在します! 活き活きはつらつとして見えるので、そう指導されてる、あるいは自分で意識してやってるんじゃないかと推測するのだが・・・。

 

2012/10/07

歌の自己完結

歌の中でその歌自体のことを歌う歌ってあるでしょ。たとえば「アマリリス」。曲の中で「みんなで聞こう、ラリラリラリラ、しらべはアマリリス」っていう構造。では、そのしらべは具体的にどこに存在するのか? 「おもちゃのマーチがラッタッタ」が「おもちゃのマーチ」って歌の中に出てくると、あれ? おまえ自身がおもちゃのマーチじゃなかったの? じゃあおもちゃのマーチって誰なの? 的な。 

2012/10/05

エスカレーターを歩く

エスカレーターは構造上、歩くようにできてない。転倒の危険がある。はい、そうだと思います。でも、「そんなに急がなくてもいいのに! 」と言われるのはちょっとちがうかなと。エスカレーターって「急ぐから歩く」んじゃなくて、「今まで歩いてた足をわざわざ止めるのがかったるくて不快」だからって理由が大きいと思う。

エスカレーターじゃなくても、動く歩道で足を止める不快さと言ったらない! 「歩いてた足を止める不快、止まって何もしてない不快」から逃れるため、信号待ち必至の交差点を避け、遠回りな歩道橋を渡ったりします。所要時間は同じくらいでも。 

2012/10/04

メモ.app

新生メモ.appを活用したかったのだけど、最初の印象が良くなかった。たまたま同期のタイミングが悪かったんだろうけど、書いたメモが同期されたら一項目消えてしまった。もうこわくて使えない。あと、文字サイズをいじると行間がめちゃくちゃになる。以前は24ポイントのヒラギノゴシックの極太でメモしたりして便利だったのだが。

それと、僕が使ってるドコモのAndroidスマホは当然ながらiCloudと同期できないので、メモ.appが使えない。iPadやiPod touchではもちろん使えるんだけど、スマホでも同等に使えるEvernoteを使うほうが圧倒的に便利、ってことに。

2012/10/03

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映画に関しての時代感覚

70年代半ばまで、テレビで見ていた映画には「新しい映画・古い映画」って概念が僕にはほとんどなかった。テレビで放映されるのは60年代の映画が大半だったろうし、うちのテレビ自体がカラーになってすぐくらいだから、「白黒映画=古い映画」って感覚も薄かった。

テレビで見た1958年の「マックイーンの絶対の危機」や60年の「荒野の七人」、61年の「ナバロンの要塞」も、007シリーズも、どれも一様に「現在ではないちょっと昔。たぶん自分は生まれてない頃の映画」だと思ってた。74年頃か、テレビで見た映画の冒頭で「1971年、アメリカ○○州」みたいなテロップが出て、「えっ! たった数年前じゃん。そんな新しい映画もあるんだ!」とか思った記憶がある。

っていうか、映画が今現在も続々と作られているってことに思い至らなかったんだもん。映画館ってものはもちろん知ってたけど、そこでかかってるのが主に新しい映画ってことには気づいてなかった。

76年の正月に「JAWS」を見てから映画に特別な興味を感じるようになって、ロードショウ誌やスクリーン誌を買うようになる。新作映画紹介記事とか出てるから、そこでようやく映画が新しく作られては古くなっていくことを理解した。なので、僕にとっては76年以降が「新しい映画」。

現代へ飛ぶと、90年代後半からくらいが「今の映画」って感じがするけど、レンタルDVDとかで2000年くらいの映画がクラシックって書いてあったりする。今の中学生で映画に目覚めたヤツにとって「今の映画」ってせいぜい2007年以降くらいなのかな?

ところで「マックイーンの絶対の危機(人食いアメーバの恐怖)」。赤い殺人アメーバが人々を襲う安手のSF映画にたまたま駆け出しのマックイーンが出てたってもの。日本公開はマックイーンの人気が確定してからの64年。調べたら72年に水曜ロードショーで放映されている。当時にしてみればたった8年前の映画! 今がその放映時だったら2004年に公開された映画って感覚! 当時は古い映画って感覚はぜんぜんなかっただろうな。時代感覚って「当時の何年前」換算すると面白い!

 

2012/10/02

脇で単純作業すると仕事がはかどる

書籍自炊のScanSnapスキャンを別マシンでやってるときに気づいたこと。自炊やCDのリッピングなど、淡々とした作業をずっと脇でやってる間って、仕事がむちゃくちゃはかどる。ちょっとした単純作業と並行して仕事するとはかどるのはなぜか?

たぶんこういうことでしょう。自炊の場合、5分とか10分ごとに紙を追加したり保存作業のために仕事の手を止めて立ち上がる→ 椅子に戻ってくると、さっきまで自分が何をやってる最中だったのか自覚する→ 確実に仕事に戻れる。つまり、意識しなくても「タイマーで10分必ず集中」と同じ状態になってるわけです。

座ったままで区切りなく仕事してると、ダラダラと時間が過ぎる自覚がないのだ。これに気づいて以来、何か「ちょっとした単純作業」を探すようになったくらい、確実にはかどるライフハック!