2020/08/23

最近観た映画メモ「ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人」他

新しめの映画を観るシリーズのちょっと派生。アート系ドキュメンタリーっぽい感じの6本。次回は「なぜか観てなかった映画を観るシリーズ 落穂拾い編」に戻り、いよいよ80年代映画に突入。

容疑者、ホアキン・フェニックス(2010年)
ハロルドとリリアン ハリウッド・ラブストーリー (2015年)
すばらしき映画音楽たち(2017年)
ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人(2010年)
ハーブ&ドロシー ふたりからの贈りもの(2013年)
ファブリックの女王(2016年)

●容疑者、ホアキン・フェニックス(2010年)

ケイシー・アフレック監督、ホアキン・フェニックス。「ジョーカー」を観たときにこの映画の存在を思い出した。当時、話題になってたのは覚えてる。「ホアキンが俳優を突然引退してラッパーになる」というフェイクドキュメンタリーなことはネタバレでもなんでもないということにしておくw っていうか、本編でも最初から「ヤラセだ」って言われ続けてて、まあバレバレだったらしい。

非常におもしろかった! なんちゅうか、ホアキンが真面目なのか不真面目なのか曖昧なままではあるものの、今までやってきたことをやめて、新しい世界に踏み出す。自信はいちおうあるのだが、やはり不安。しかしどんどん突き進む。というシチュエーションを作って自分を追い込んでるのは事実のように見える。新しいことに挑戦しようとしている人はこれ観て元気が出るんじゃないか?

「ジョーカー」俳優ということで、メソッド演技の一環で常軌を逸した役作りの果てに命を落としたヒース・レジャーに重なってしまうのだが、ホアキンも「イメージ通りのホアキンを演じ続けなきゃいけない俳優業を捨て、本当の自分を取り戻すためにラッパーになろうとする男」という役作りをカメラの視野の内外で全身全霊でやってるようにも見える。シチュエーションとかストーリーとか関係なく、非常に見応えがある。ホアキン、ぶくぶくに太ってて服も髪も髭もひどい(「ジョーカー」のときには23kgもダイエットしてる)。

それに付き合わされる「共演者」たちはどこまで知らされてたのか、まったくの素なのか? 大掛かりなドッキリカメラみたいなものでもあるわけだが。悪趣味なジョークとか書かれてるけど、彼の本当の人生と周囲を巻き込んだ演技実験の記録映像って感じがする。あと自分の存在の確認か。

助手の男がホアキンに散々コケにされた後の「復讐」はちょっとやりすぎかなw あと、ハリウッドスターやミュージシャンたちの「日常」がとても興味深かった。犯罪者でもないのに邦題はひどすぎ(歌詞の一部からの原題「I'm Still Here」もイマイチだけど)。

●ハロルドとリリアン ハリウッド・ラブストーリー (2015年)

「十戒」や「ベンハー」、ヒッチコックやコッポラをはじめとするハリウッド映画の無数の名作に関わってきた絵コンテ作家ハロルドと、やはり映画のリサーチャーのリリアン、夫婦の60年のドキュメンタリー。二人はめちゃくちゃ仲が良かったそう。「ラブストーリー」と副題がついてるけど、内容も夫婦と子供たちの家族の物語の側面が大きい。

ハロルドは脚本を絵として表現し、映画の見た目の第一歩を作る作家。監督をはじめスタッフたちはハロルドの絵を重要な手がかりとして映画を撮る。もちろん、監督との打ち合わせの結果としての絵コンテには違いないだろうけど、ハロルドが提示した構図が名シーンとして記憶されてることが多く、実例がいくつも示される。

リリアンは映画を撮るための資料や考証などのプロ。映画会社の資料ライブラリを引き継ぎ、コッポラのゾエトロープやドリームワークスにまで、映画の質の向上に貢献してきたとのこと。楽しそうにしゃべる、めちゃくちゃキュートなおばあちゃん。92歳で存命。

すごい良かった。ずっと楽しく人々に必要とされる仕事、幸せな人生の見本みたいな。二人が関わった映画のリストがすごい!69本中44本見たことあるわ(プラス、7本が観る予定リストに入ってる)。有名映画ばかりどんだけ!
https://www.cocomaru.net/hlworks

●すばらしき映画音楽たち(2017年)

映画音楽に関するドキュメンタリー。ハンス・ジマーやジョン・ウイリアムス、ダニー・エルフマンなど、映画音楽のベテランたちやジェームズ・キャメロンなど映画監督がいっぱい出てくる。映画音楽の歴史や変革、現在の状況など、相当くわしく語られる。

めちゃくちゃ面白かった。それぞれみんな超天才級のアーティストが、悩みながら制作してる様子が良い。エアースタジオやアビーロードスタジオなど有名スタジオでの録音風景やオーケストラの演奏家たちの話。映画音楽作家がどれだけ音にこだわってるのかなど。あともちろん、監督やスタッフたちと音楽を作り上げていく様。どれも全部素晴らしい。

ハンス・ジマーが「すごいオファーに興奮して有頂天になるが、打ち合わせした後はひとり青ざめ、どうやっていいかわからない、電話して断ろうかと思う、いいからジョン・ウイリアムスに頼んでくれと、発想なんて都合よく生まれない、いつも恐怖心と戦ってる、」ってところがすごい良かったw なんか、現在最高の映画音楽作家がそんな悩んでるなんて、元気出るw

あと、ここまで3本(フェイクを含め)、エンターテインメントを作る人たちが、いろんな人に関わりながら作り上げていくドキュメンタリー。今はコロナの影響でいつもよりずっと引きこもりがちになってて、一人で作品制作に打ち込む日々が続いてるけど、はっきりと求められる役割があっての人々の中での仕事、したくなってきたなあ。

●ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人(2010年)

現代アートのコレクションを寄贈した夫妻のドキュメンタリー。佐々木芽生監督。

1960年代から、郵便局員と図書館司書の夫婦が生活に無理のない範囲で、独自の審美眼に基づいてアーティストの若者たちから少しずつ小さな作品やドローイングを買い続ける。黎明期からのミニマルアートとコンセプチャルアートに絞り、何十年も。

時が経ってアーティストたちはそれぞれ大成して重要アーティストに。狭いアパートに買い集めた4000点を超える作品はとんでもない価値を持つ一大コレクション「ヴォーゲル・コレクション」と呼ばれるようになり、最終的にワシントンのナショナルギャラリーに寄贈されることになる。

いいな、老夫婦。二人ともホントにアートが好きでアーティストが好きで何十年も続いたにすぎないのに、それがいつのまにか大きな価値を持つようになるのはうれしいだろうな。コレクション自体が一つの作品。

●ハーブ&ドロシー ふたりからの贈りもの(2013年)

その後の二人と寄贈されたコレクションを追う続編。佐々木芽生監督。

1LDKの部屋に溜め込んだ現代美術作品が、「一つの美術館に収まらないのはわかってた」ってww ナショナルギャラリーでさえ1000点を引き取るのが限界。考え出されたのが「50x50プロジェクト」。50の州の美術館にそれぞれ50点ずつ寄贈するプロジェクト。全米の寄贈先を巡る二人の旅と、コレクションがどのようにそれぞれの美術館で役立ってるかについて。前作にくらべると面白さの点でイマイチなのはしかたない。

事実なのでネタバレでもなんでもないから書くけど、2012年撮影期間中に夫のハーブが亡くなってしまう。いろいろ変更を余儀なくされたらしいけど、二人のアート人生が終止符を打たれるまでを描く。人生の良い終わり方的な味わいがある。

50州全部ではないけど、いろんな州の美術館をいっぺんに訪れるのがおもしろい。アメリカは広い! 人口も少ないし現代美術の展覧会が珍しいなど文化的格差は大きいとはいえ、少なくとも夫妻が信用して選ぶくらいの美術館は全米にくまなくあり、そこの館長や学芸員たちは誇りを持って仕事をしてるのがいい。

ハーブは見るからに衰えてほとんどしゃべらなくなるが、ドロシーがうまくカバーするところもいいな。

二人が寄贈したコレクション「VOGEL 50 x 50」がネットで見られる。写真が未のものも多いが。
https://vogel5050.org/

2本の「ハーブ&ドロシー 」に名前と作品が出てくる多数のアーティスト。ミニマルやコンセプチャルがほとんどだし、知らなかった人が大半。メモっていったら、114名もいた。一人ずつ検索していったらすごい勉強になりそう。

●ファブリックの女王(2016年)

あのマリメッコの創業者(というか元々は夫の会社なんだけど)のアルミ・ラティアの伝記。アート系のドキュメンタリーといっしょにずっとお勧めされ続けてたから観たけど、ぜんぜんドキュメンタリーじゃなかった。不思議な趣向の映画。主演女優が「今からアルミになります!」って宣言後、簡易なセットで演劇を始め、撮影した感じ。セリフも演技も演劇的なもの。ミュージカルっぽいシーンもある。映画内で演じられる現実世界と劇中劇を行き来する。

アルミはかなりクセのある人物で、表面的にはめっちゃくちゃ自分勝手で夫や従業員など周囲を傷つけまくるタイプに見える。おまけに浪費家だしアルコール依存だし不倫してるし終始なんだかんだと怒り続けてるし。クソ女と言われてもしかたない表現がされてる。女優がどう表現するか悩んで、やり直したりしてるw

あの時代に革新的な事業を興した闘う女性起業家としてはあのくらいの強烈さがなければ生き残れなかったんだろう。女性たちをコルセットから解放とかの戦後のファッション革命家でもあるし、フィンランドを背負ってるし。マリメッコといえば「デザイナーの楽園」な印象だった僕には、驚くべき内容だった。Amazonのレビューに「手持ちのマリメッコを瞬時に捨てたくなる内容」って書かれてたほどw 

スティーブ・ジョブズを思い出した。特別なことを成し遂げたビジョナリーの経営者ってそういうものかも。新しいライフスタイルを提案したり、役員たちに追い出されそうになるのも共通w まあ例えば、やはり半ば演劇的に3つの重要発表会の控え室のジョブズを描いた映画「スティーブ・ジョブズ」(マイケル・ファスベンダー主演のほう)のクソ野郎ぶりを見て「Apple製品を全部捨てたくなった」って言う人がいても不思議じゃないしねw

強烈な女性の生き様をあまり共感を呼ばないように描いてる映画なので、おもしろいかどうかというと微妙。デザイナーやウニッコの話は出てこないし。演劇と映画の中間みたいなラフスケッチっぽい感じは、どっぷり作り物の劇映画の世界と違った面白さは感じた。悪く言うとテレビっぽい軽さにも見えるけど。

ヨールン・ドンネル監督はマリメッコの取締役会に参加してたこともあり、彼の目から見たアルミの素顔を表現してるそう。

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