Appleタブレットに期待すること
吉井 宏
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米国時間27日、日本では今日の深夜、発表されると言われているAppleタブレットについて、先週に続いてもう少し。この連載でも2005年6月に「理想のタブレットPC」で書きましたが、タブレットPCには大きな思い入れがありました。タブレットPCの可能性を体感しようと、購入したのは普通のノートPCの画面がタッチパネルになっているコンバーチブル型ではなく、スレート型(ピュアタブレット型)でした。
どんな期待をしていたかというと、「絵も描ける上、通常の主力パソコンとしても完全に機能するもの」でした。イラストレーター、あるいはグラフィックデザイナーにとって、1台ですべてこなせるパソコン。そりゃ、期待しすぎでした。
その思い入れの強さゆえに、期待した使いやすさや実用性がイマイチだったため、かわいさ余って憎さ百倍っていうか、一種のアンチタブレットPC派といった心境でその後を過ごしてきました。それで、「肩が凝る、首が痛くなる、両手で使うのは不便」などとAppleタブレットに対してもちょっと否定的なことを書いてみたくなるんです。
タブレットPC登場の2002年当時、僕の仕事の大半が2Dイラストでしたので、当然ながら、タブレットPC最大の魅力は「画面に直接、筆圧ペンで絵が描けること」でした。ところが、当時の液晶の視野角はまだ狭くて見にくかったし、画面のカーソルとペン先の位置を合わせるのが超大変。タブレットドライバで四隅のポイントを合わせる方式だったのですが、ペンとカーソルのずれが気になり始めると、位置合わせだけ何時間もやり続けたりしてました。
どうにか位置を合わせて描き始めても、10インチの画面がきゅうくつ。カーソルの位置が合うのは画面中央部付近だけ。まともに使えるのは十数センチ角程度の範囲でした。あまり絵を描く気にはならないのは当然。
また、「立ったまま使える」のは持ち歩きパソコンとしては悪くないのですが、立っている時だけでなく座っているときも、タブレットPCを使うときは常時、両手で持つ必要がある。ノートパソコンなら、キーボードやマウス等を使う時以外は両手はフリーでしょ? 使うために机からタブレットPCを持ち上げ、必要なくなったら机に降ろす。ハードディスクの入ったデリケートな電子デバイスなので、上げ下ろしには相当気を使い、そっと扱わなくちゃいけない。それがどんなに面倒なことかって、使ったことのない人にはわかるま〜〜い。
それに、物理的なキーボードがないので、検索でも何でも文字を打つたび非常におっくうに感じた。手書き文字認識の精度はなかなかのもので、そこそこ長い文章を書くこともできたけど、長文を打つのと検索窓に打ち込むのとはぜんぜんちがう。パソコン操作の大半は細切れに文字を打つことだと思うのですが、アプリやウェブブラウザのいろんな場面でたった数文字を入力するのが苦痛だったのです。
文字を打つのが苦痛、が何を意味するかというと、ショートカットキーが使えない。ノートPCと同じ形のコンバーチブル型タブレットPCにはキーボードがあるので大丈夫かというと、手前にキーボードがある配置ではやはりむずかしいし、特別な支えでもないかぎり、画面に手を置いて描けない問題もあった。というわけで、当時のタブレットPCは、僕の用途に向いてそうで向いてないという、非常にもどかしいマシンだったのだ。
あと余談ですが、タブレットPCを使わなくなってからも気に入らないこと。マイクロソフトがタブレットPC的操作の良さを過信するあまりか、Windows VistaではOS自体にタブレットPCの機能が統合されており、デフォルトでオンになってるのです。Windows7でも同様。タッチパネル(ワコムのデジタイザ搭載も含め)付きのパソコンではタブレットPCとして即使用可能です。ところが、市販のWindows搭載パソコンのほとんどはタッチパネル非搭載。マウスのみで操作するには支障ないものの、外付けのタブレットを使うと、とたんに最悪のパソコンに成り下がる。
外付けのタブレットでもタブレットPCの機能がデフォルトで使えるのが仇になり、通常のタブレット操作がダメダメになってしまうのだ。タブレットPCのペン機能で、「静止させると右クリック」「ジェスチャー」「クリック(タップ)の可視化のグラフィック」などなど、普通にタブレットを使ってきた人には不快な様々な機能がかぶさってきてしまう。動きが重くなったり、不正確になったり、表示がうっとおしかったり。要するに、ワコムのドライバだけでスッキリ使えるタブレットなのに、へんなおせっかい機能が快適に使うジャマをするのだ。
実際のところ、VistaやWindows7でタブレットを使おうとすると、コントロールパネルをあちこち探し回ってタブレットPCの機能を全部無効にする必要がある。それでもどうしても無効にできなかったタップを示す波紋みたいなグラフィックをどうにか探し当ててオフにでき、最近ようやくWindows7で快適にタブレットを使えるようになった。タブレットPC含むWindows歴十数年の自称ベテラン(笑)である僕がですよ。パソコンでお絵かきしようとWindows7PCとタブレットを買ってきた初心者にはそんなの絶対にわかるはずがない。
2004年時点でのタブレットPCへの愛憎を綴ったページ「タブレットPCで絵を描けるか?」というのがありますので参考にどうぞ。
< http://www.yoshii.com/tabpc/tabpc.html >
上記の点を踏まえ、僕がAppleタブレットへの期待を一言で表すなら、「Appleなら、あんな中途半端なもんは作らないだろう」です。当時そう思いました。
もっと細かく言うなら、先週書いたように「iPhoneOSを拡張した特大のiPod touchそのものでもぜんぜんオーケー」「電子書籍ビュアー」「メディアプレーヤー」「紙のノートの代替」あるいは「手帳や文房具や書類や本や雑誌や携帯電話やiPodやネットブックなどを入れたバッグ全体の代替」。そしてもちろん「軽さ、タフさ、バッテリー寿命」にも期待します。
スティーブ・ジョブズはAppleタブレットについて「これは、私がこれまでやったことの中で最も重要である」と述べたそうだ。僕の理解では、iTunesストアでの書籍販売戦略を含め、「世界中の出版物すべてが、紙媒体から電子媒体に移行したきっかけとなった製品として歴史に刻まれる」ことなんじゃないかなと思ってます。
発表は今日27日の深夜。8年の期待に応えてくれ〜〜。
(9年前の2001年10月。Appleがすごいものを発表するらしいとの噂。たぶんPDAだぞ。ありゃりゃ、MP3プレーヤーかよ。期待はずれ。MP3プレーヤーならRioとか持ってるけど、HDD内蔵で容量大きいな。とりあえず予約して買おう。・・・の、iPodがこれほど大化けするとは思いもしなかった。今回も、発表時はなんだそりゃ期待はずれ、が、世界を変えることになるのかもしれない。発表されたものの本質を見極めたい)
【吉井 宏/イラストレーター】
先週、一人称を「僕」から「私」に変更します!と書きましたが、先週のヤンスガンスのセミナーで、相当気をつけていたにもかかわらず、壇上で思いっきり「僕」を使ってしまい、動揺して思わず「わー!僕って言っちゃった!私を使うって決めたのに〜」とか口走ってしまいました。えらくウケてましたが。しゃべりがぎこちなくなるし、どもりがちになるし、不自然とか似合わんとかみんなに言われるし。もういいや、「私」に移行はやめて「僕」で通します。セミナーは大好評でした。しゃべったのはほとんど秋元きつね氏ですけどね。見逃した方は2月12日(金)にアップルストアでもやりますのでぜひ。先週のセミナーでは技術的な話は3ds Maxが中心でしたが、アップルストアではAfterEffectsやmodoなどがメインになる予定です。とはいえ、技術的な話はどちらかといえば添え物で、企画とか少人数チーム制作事例的な話がメインになります。
●アニメ『ヤンス!ガンス!』放映中。TVK(テレビ神奈川)金曜朝7:25と深夜25:25。Wiiシアターの間でも配信中。
HP < http://www.yoshii.com>
Blog < http://yoshii-blog.blogspot.com/>
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