2013/04/03

3Dプリンタのニュースがすでに陳腐化?

このニュース。「日本に数台しかないソリューションで制作した3Dフィギュア"栗原類"が完成」


ショック! なんちゅうか、「話題/ニュース」的に、すでにフルカラー3Dプリンタが陳腐化しちゃってる〜〜! こんなの一般人だって喜ばないだろう。 人やモノを3Dスキャンして3Dプリントしてミニチュア化フィギュア化するってこと自体、元々おもしろいわけじゃないもんね。もうみんな飽きてると思う。テレビや雑誌でもたくさん特集されたし。

類くんが登場したのは、3Dプリンタを駆使した人形アニメ映画「パラノーマン ブライス・ホローの謎」の宣伝イベント。なので、類くんをフィギュア化して3Dプリンタの威力を見せる意味はちゃんとある。しかし、類くんフィギュアを見て「へー! すごーーい!」って言い終わったら、もうそれ以上何の反応も示しようがないもんね。江戸時代に写真を初めて見て「へー! すごーーい!」って言ってた段階と同じ。

で、この「へー! すごーい!」以外に反応のしようがない状態ってのは、3D/2Dプリンタ出力物に限らず、ディスプレイ上で3Dモデルをぐるぐる回せるライブ3D表示にしたり立体視にしたりってのにも共通する「どん詰まり感」がある。その状態以上に動かず進展しないことがわかってるからだろう。

(余談。よく、「大丈夫だよ。3Dでキャラクターをぐるぐる回して見れるだけでも十分おもしろいよ!」って言う人もいます。僕はさんざんやってみたのですが、ものすげく、激しく、つまらんです!! つまらんどころではなく、回して見たその3Dキャラクター自体に興味がなくなってしまうという怖ろしい弊害すらあるのです! 360度見てしまうと、もう知りたい部分がなくなってしまう。)

3Dデータそのものに利用価値があるのであって、3Dプリンタ出力物は、プロジェクターで壁に投影された静止画と同じくらいの価値しかないと思う。そのへん、昔、大きくプリントされた写真やデジタル絵にぜんぜん価値を感じないけどその原因は? と考えたことと同じだろう(表参道3D写真館の場合は、家族写真/記念写真というはっきりした目的があるためか違和感はない)。

この記事では3Dプリンタ等の機器が2000万円で類くんのフィギュアは7万円などと書いてあるから、投影物でしかないものとのギャップをどう心が埋めようか悩んでしまうのが、僕の違和感だと思う。

なんでこう粘着的に書いてるかというと、先週書いたように、「3Dプリンタ出力物は作品になり得るか」ってのをまだまだ悩んでるのです。投影物にすぎない3Dプリントをどうしたら価値が伴う「作品」にできるのかって。

類くんフィギュアや表参道3D写真館みたいな現物のミニチュア化ではなく、自作のフィギュアやオブジェの実体化なら、もうちょっと面白みがあるというか造形そのものを鑑賞する姿勢にはなると思うけど。それ以上の何かないのか? ジブリやピクサーの3Dゾーエトロープはうまいこと価値を見出したよなあ。

この「パズルのピースがうまくはまらない感じ」ってのは、工業製品の試作等に普通に大活躍している3Dプリンタが一般に知られてきて、娯楽方面に使えるかどうか、しっくり来る使い方はないか、模索してる状態なんだろうな。
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